自我偈 日本語歌詞 未定稿
https://www.isc.meiji.ac.jp/~katotoru/okyou-jigage.html
法華経・如来寿量品第十六・自我偈

参考 英語訳 https://www.nichirenlibrary.org/en/lsoc/toc/ 
参考 英語訳 https://21dzk.l.u-tokyo.ac.jp/BDK/bdk_search.php?md=normal&num=B0262


自我得仏来 所経諸劫数 無量百千万 億載阿僧祇
はるかなる むかしより ほとけたる このわれは

常説法教化 無数億衆生 令入於仏道 爾来無量劫
ほふを説き かず知れぬ ものたちを みちびけり

為度衆生故 方便現涅槃 而実不滅度 常住此説法
なんぢらを すくふため 死すと見せ ここに在り

我常住於此 以諸神通力 令顛倒衆生 雖近而不見
なんぢらの そばに在り あへて其を 見ざらしむ

衆見我滅度 広供養舎利 咸皆懐恋慕 而生渇仰心
われ死なば なんぢらは かなしびて 目をさまし

衆生既信伏 質直意柔軟 一心欲見仏 不自惜身命
みほとけに 逢はばやと いっしんに 乞ひねがふ

時我及衆僧 倶出霊鷲山 我時語衆生
そのときぞ われはいで 説きあかす

常在此不滅 以方便力故 現有滅不滅
ここに在り 失せけるは はうべんぞ

余国有衆生 恭敬信楽者 我復於彼中 為説無上法
すなほなる ひとあれば どの世でも ほふを説く

汝等不聞此 但謂我滅度 我見諸衆生 没在於苦海
わがのりを きかぬもの くるしむを われは見つ

故不為現身 令其生渇仰 因其心恋慕 乃出為説法
さればわれ ことさらに 身をかくし したはしむ

神通力如是 於阿僧祇劫 常在霊鷲山 及余諸住処
いつまでも この地より なんぢらを われは見る

衆生見劫尽 大火所焼時 我此土安穏 天人常充満
なんぢらに 火と見ゆる 世のしんの ありさまは

園林諸堂閣 種種宝荘厳 宝樹多華果 衆生所遊楽
うるはしき あんのんの ぶっこくど なりと知れ

諸天撃天鼓 常作衆伎楽 雨曼佗羅華 散仏及大衆
かみがみは がくかなで はなふぶき ふりそそぐ

我浄土不毀 而衆見焼尽 憂怖諸苦悩 如是悉充満
わがじやうどここに在り なんぢらは 見ざるのみ

是諸罪衆生 以悪業因縁 過阿僧祇劫 不聞三宝名
つみぶかき ものたちは いつまでも 気づくまじ

諸有修功徳 柔和質直者 則皆見我身 在此而説法
すなほなる ものたちは われここに 在るを見る

或時為此衆 説仏寿無量 久乃見仏者 為説仏難値
されどわれ あへて言ふ ほとけには 逢ひがたし

我智力如是 慧光照無量 寿命無数劫 久修業所得
この智慧は はるかなる ときを経て 得たるなり

汝等有智者 勿於此生疑 当断令永尽 仏語実不虚
なんぢらは わきまへて わがことば うたがふな

如医善方便 為治狂子故 実在而言死 無能説虚妄
かの医者の いつはりも まごころの はうべんぞ

我亦為世父 救諸苦患者 為凡夫顛倒 実在而言滅
われもまた すくふため 失せけると 見するなり

以常見我故 而生憍恣心 放逸著五欲 堕於悪道中
われを見て あまえなば おこたりて だらくせん

我常知衆生 行道不行道 随応所可度 為説種種法
おのおのを みさだめて ほふを説き ねがふらく

毎自作是念 以何令衆生 得入無上道 速成就仏身
いかにして なんぢらを ほとけへと みちびかん

2024年6月12日