中国語で、
「場所+“有”+ヒト・モノ・コト」
「ヒト・モノ・コト+“在”+場所」
の区別は、初心者にはちょっと覚えにくい。
“A有B”は「AにはBがある」。
“B在A”は「BはAにある/いる」。
日本人は、「非情」のヒトやモノは「ある」、「有情」のヒトやモノは「いる」、とはっきり区別する。中国語では両者を区別しない。
中国人は、
「モヤッとある」は“有”
「しっかりとそこにある」は“在”
とはっきり区別する。日本語では両者を区別しない。 “有”は、モヤッと何かがある、という意味だ。そもそも漢字の形も、漢字の音もそうである(以下は日中共通の漢字の話になるので「有」と記す)。
「有」の書き順の最初、つまり左上の部分は「右」の書き出しと同じだ。「有」の下半分は「月」(つき)ではなくて「にくづき」である。師匠に払う入門料を意味する「束脩(そくしゅう)」という漢語がある。古代社会では、干し肉の束が、お金のように価値があった。肉を右手でおおいかくすように持つのが「有」という漢字だ。
「有」は、肉を「保有する」、とか、手の中に肉が「有る」というのが原義であった。
というわけで、「私の手の中にあるのは、何でしょうか?」と言ったあとにパッと手を開いて「はい、干し肉です!」のように、最初はモヤッと存在することしかわからなかったものが、はっきり出現する、というニュアンスになる。
まあ、古代の字源研究は諸説が分かれるのが常である。上述の字源説の是非はさておき、日本人の中国語学習者は、自分の右手でビーフジャーキーをおおいかくしながら“有!”と繰り返し発音練習をして、イメージとともに暗記するとよい。
「有」は、肉を「保有する」、とか、手の中に肉が「有る」というのが原義であった。
というわけで、「私の手の中にあるのは、何でしょうか?」と言ったあとにパッと手を開いて「はい、干し肉です!」のように、最初はモヤッと存在することしかわからなかったものが、はっきり出現する、というニュアンスになる。
まあ、古代の字源研究は諸説が分かれるのが常である。上述の字源説の是非はさておき、日本人の中国語学習者は、自分の右手でビーフジャーキーをおおいかくしながら“有!”と繰り返し発音練習をして、イメージとともに暗記するとよい。
漢文の「有人(人、有り)」も、「有」(なにか、モヤッとあるぞ。ヒトかな? モノかな?)と暗示したあと、「人」(なあんだ、ヒトか)、という心の動きを、忠実になぞった語順である。
「有」のユウという漢字音も、モヤッとしたイメージを助長する。
かすかにモヤッとした「幽」
はるかにモヤッとした「悠」
心がモヤッとした「憂」
の音はみなユウだ。中国語の漢字音では、これらの漢字音は you (ヨウ)である。
古代の漢字音の復元推定音はさておき、少なくとも、モヤッとしたイメージの漢字音はユウ/youに収斂(しゅうれん)している。
こういう訳で、現代中国語の
家里有人。(家の中に誰かがいます)
を紙芝居的、ないしショートムービー的に表現すると、
1枚目の映像は「家」の全景
2枚目の映像は「家の中」・・・カメラはズームアップする
3枚目の映像は「何かがモヤッとある」・・・シルエット的なピンボケ状態
4枚目の映像は「人」・・・ピントがあう。誰かよくわからないけど、人がいる。
となる。「中国語は単語を紙芝居的に並べる」という原則どおりだ。
「在」は「しっかりとそこにある」という意味だ。
「在」という漢字の書き順は、なぜ「有」と違うのか?
「在」という漢字の字源は、「才」「材」と「土」、に関係があるからだ。「在」の左上は、右手ではなくて、才(材)を表している。
「在」の字源は、川の水を、土木工事でせき止めるイメージである。せき止めるための堰(せき)は、しっかりと、そこにある。時の流れのなかでもしっかりとあるのが「在」だ。
「在」という漢字の書き順は、なぜ「有」と違うのか?
「在」という漢字の字源は、「才」「材」と「土」、に関係があるからだ。「在」の左上は、右手ではなくて、才(材)を表している。
「在」の字源は、川の水を、土木工事でせき止めるイメージである。せき止めるための堰(せき)は、しっかりと、そこにある。時の流れのなかでもしっかりとあるのが「在」だ。
こういう訳で、現代中国語の
她在家里。(彼女は家にいます)
を紙芝居的、ないしショートムービー的に表現すると、
1枚目の映像は「彼女」のはっきりした姿。カメラで言えば、顔のアップ。
2枚目の映像は「そこにしっかりいる」。カメラで言えば、引き、で、彼女の全身像を足下まで写す。
3枚目の映像は「家の中」。カメラで言えば、さらに引き。家全体までが映る。
まとめると、
“有”は「モヤッとある」の意で、心理的映像の動線はズームアップ
“在”は「しっかりとそこにある」の意で、心理的映像の動線は引き
どの言語でも、「ある」という存在を意味する言葉は、重要である。
日本語は内省的言語であり、非情と有情で「ある」「いる」を使い分ける。
2025年6月16日



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