日本人は「戦闘美少女」が大好きだ。
 リボンの騎士。ラ・セーヌの星。ナウシカ。セーラームーン。・・・・・・
 中国の京劇にも、「戦闘美少女」は多い。
 ディズニーのアニメにもなった木蘭(ムーラン)や、田中芳樹氏の短編小説のヒロインにもなった荀灌娘は、「戦闘美少女」である。
 いっぽう、京劇の戦うヒロインには、「戦闘既婚婦人」というキャラクターもある。
 「白蛇伝」の白素貞は、妊娠でつわりに悩まされながら敵と大立ち回りをする。
 「楊門女将」の穆桂英は、子供といっしょに、敵と戦闘する。
 戦うママ、というキャラクターは、日本にはない。

(・・・いや、実は、ないことはない。氏賀Y太(うじがわいた)氏が創造したキャラクター「超防衛夫人 ウルトラマリ子さん」は、「戦う主婦」である。しかしこれは、いわゆる「鬼畜系」の残酷SMスプラッター系漫画作品なので、とりあえず、知らないふりをすることにする)

 中国では、昔から「戦うママ」というキャラクターは、人気がある。
 同じオタクでも、日本のオタクと、中国の「戯迷」(マニアックな京劇中毒者)は、嗜好が違うのである。
 なぜか?
 それは、日中両国の「社会病理」の違いを反映している。

 日本のオタクは、戦闘ヒロインに「癒やし」を求める。いわゆる「妹系」である。だから戦闘ヒロインは、純真無垢な処女でなければならない。

 いっぽう、日本とちがって、本質的に宗族社会であった中国では、戦闘ヒロインにさえ「宗族社会のコード」にしばられていた。「戦う処女」より「戦う良妻賢母」のほうが、京劇オタクの心にはフィットするのである。・・・

 などと妄想にふけっている理由は、近々、中国関係の某雑誌に、京劇のキャラクターやコードについて分析した論文を、掲載する予定だからである。
 われながら、こんな妄想を考えられる私は、「天才と紙一重」かもしれない。

 ちなみに、アメリカ映画の「キル・ビル」の戦闘ヒロインは、「戦うシングル・マザー」で、日本とも中国とも全く違う。
 「戦うシングル・ファザー」なら、日本の「子連れ狼」の拝一刀がいる。

 十一月の夜は長い。
 妄想の旅は、なおも続く。