今日(もう昨日だが)中国人民解放軍交響楽団の、来日初公演を聞きにいった。
会場は、中野サンプラザ。
昼と夜の二回の公演があった。
昼のチケットは友人にゆずり、夜のほうに行ってきた。

この公演は、事前にあまり一般に知られていなかった。
意図的に、情報を制限していた。
その理由は、いまさら言うまでもないだろう。
軍直属の交響楽団──早い話が軍楽隊。
しかも、外国の軍楽隊。
さらに、昨今なにかと話題の中華人民共和国の、共産党の軍隊の軍楽隊。
手にプラカードをもった人たちや、スピーカーから日本の昔の軍歌を流している街宣車が今日の中野に殺到する事態も、考えられた。
そのため、日本側では、事前にあまり宣伝しなかった。
会場となる中野サンプラザのホームページでさえ、今日の日程だけが「空白」であった。
チケットは全席指定の「無料招待券」だった。
関係者の人間ネットワークによって、「友だちの友だちの、さらに友だち」のように、チケットが渡された。
私の手元にも、十枚ほど届いた。

私は夜の部に行った。
六時半開演。最初の30分は、あいさつばかり。
中国大使館臨時代理大使のあいさつ。
日本の大物政治家・K氏のあいさつ。
主催者であるCCTV大富の女社長のあいさつ。
合計30分が終わり、そのあと5分の休憩をはさんで、ようやく演奏開始。

中国側は、軍服だった。女性司会者も、指揮者も、楽器を手にした演奏者たちも。ただし一部のソリストだけは、洋服。
日本側の司会者は、民間の男性アナウンサー。

中国側は、あいさつの中でも、盛んに友好と平和を強調した。
中国人民解放軍は、平和を愛する軍隊である!
中日両国の平和と友好のために、音楽を通じて、心と心の交流をしたい!
両国の軍と軍の交流を進めたい!──といった感じ。

いっぽう日本側は、意図的に、軍事色ゼロ。
あいさつの中でも、「自衛隊」と呼び、日本の「軍」という単語は絶対に使わない。
日本人なら、その理由、わかるよね。
自衛隊は軍隊ではないから、当然、軍楽隊もない。ただし「ミリタリーバンド」はある。
この、日本の自衛隊のナイーブなビミョーさ。
これに対して、中国軍の異様なまでの明確さ。

実は、中国軍の軍楽隊の来日公演は、二年前に実現していたはずであった。
2005年秋、日本政府は、自衛隊の「音楽まつり」に、人民解放軍の軍楽隊をゲストとして招き、皇居のすぐ隣の武道館で演奏してもらう予定であった。その公演のチラシや案内も、配布されはじめていた。
しかしその直前、当時の日本の首相が、武道館の近くの有名な神社に参拝したことで、中国政府は神経をとがらせ、結局、自衛隊と中国軍のミリタリーバンドの夢の競演は、幻となった。

あれから二年。
日本の首相は変わった。しかも二度も!
公演も実現したが、すべてが元通り、というわけではなかった。

今回は武道館ではなく、中野サンプラザ。
さすがに、皇居の近くでは、できないらしい。
なにしろ、靖国神社からも近いし──
で、このブログで以前に書いたような日本史の経験則どおり、今回もわが中野区が、千代田区のあとしまつをさせられたわけである。歴史はくりかえす──

今回は、自衛隊は、表に出ることを徹底的に避けている。
今回の公演の「後援」には、日本国の防衛省も名をつらねているが、逆にいうと表に出てるのはそれくらいなのだ。
前の首相は「軍と軍の交流」に積極的だったのだが、今回の「のび太」首相は、前の首相とは趣味や志向がかなり違い、こういう方面にはあまり熱心でない(中国では、日本の現総理は、「ドラえもん」の「のび太」が大人になった姿、としてにんきがある。中国語訳の漫画「ドラえもん」では、「のび太」の名前が、たまたま現首相の個人名と同じに訳されているうえ、めがねをかけた顔がなんとなくそう見えるからだ)。

公演を邪魔されることへの心配から、チケットは、ぴあでもローソンでも売られなかった。
ほとんどが、招待客だった。
JR中野駅周辺、および会場周辺には、警察の車や機動隊のバスが止まり、厳戒態勢であった。
会場内にも、SPの姿がちらほらと見えた。

結局、妨害や抗議デモのたぐいは、一切なかった。終わってみれば、ふつうのコンサートと変わらなかったが・・・・・・

中国側も、演奏曲目の選定に気をつかうなど、かなり苦心したようだ。
西洋のクラシック。日本の「四季のうた」「さくら」。中国の「梁祝」(梁山伯と祝英台)。・・・・・・
演奏曲目リストには、中国の愛国交響曲「保衛黄河」のようなものは、一切入っていない。
軍楽隊ではなく、「軍交響楽団」としたのも、日本側へ平和友好をアピールするための配慮であろう。

政治的な背景はともあれ、演奏自体は、とても良かった。
客の入りも、最初は悪かったが、要人のあいさつが終わったあと、急に多数の客が入ってきて、ほぼ八割がたの入りとなった。

もしかすると、後世からふりかえって、今日の中国軍楽隊の初公演は
「その時、歴史が動いた」
と言われるかもしれない。