今度の月曜日、9月17日に、新宿の朝日カルチャーセンターで「オトナの文化祭2012」というイベントがある。
 
私も、「アジアントーク & 歌声タイム」という、入場無料のイベントを、四階のロビーで行う。
詳細はこちら。
コンサーティーナも持参し、弾く予定。
 
時間が30分しかないので、何をやろうか、あれこれ考えた。
こういうご時世なので、「音楽には国境があるか? ないか?」という隠しテーマで話すことにした。
ここ数日、中国側の一方的な申し出により、谷村新司氏の中国公演が延期になったり、伝統的音楽劇である昆劇の来日公演が延期されるなど、「音楽に国境はない」というのは大ウソであることが、あらためてはっきりした。
だが・・・それでも、あえて問いたい。
音楽に国境は、あるのだろうか?
 
今から百年以上前、幕末から明治中期にかけて、日本では「明清楽」という中国風の音楽が流行していた。
明治27年、日清戦争が勃発すると、日本人の対中感情が悪化し、明清楽の流行は下火になった。
だが、明清楽は、それでも滅びなかった。
形を変えて、日本の大衆歌謡の中に、その遺伝子を残した。
 
明治にはやった清楽曲「紗窓」は、明治末にはすたれたが、そのメロディーは大正時代の街頭演歌「復興節」として歌い継がれた。
今の若い人は、関東大震災の直後に流行した「復興節」を、もう知らないだろう。
だが、今でも、ソウル・フラワー・モノノケ・サミットがカバーした「復興節」とか、テレビドラマ『梅ちゃん先生』4月28日放送ぶんで隣のおじさん(片岡鶴太郎)がのど自慢大会で歌う「復興節」など、さまざまな形で、この歌を耳にする。
音楽の生命力は、本当にすごい。
時代や国境もつきぬけるほど。
 
そういう隠しテーマで、9月17日の一時半から、新宿で30分ほど、「アジアントーク&歌声タイム」を行いたい。
私が理屈をとやかく言うより、会場にたまたま来た人たちといっしょに歌うことで、音楽の生命力を少しでも体感したい。
私にとっての「オトナの文化祭」は、そういうものだ。
 
当日、歌うために作った「復興節」のカラオケの動画↓