元日の雪見をするや黒き虫

イメージ 1 年越しで、奥鬼怒温泉郷の宿に一泊した。
 元日、雪の上を黒い虫が歩き回っているのを見つけた。
 スマホで写真を撮ってフェイスブックに載せると、すぐに友人がその虫の名前を教えてくれた。「セッケイカワゲラ」という虫だそうだ。
 漢字で書けば「雪渓川螻蛄」となるのだろうか。
 
 恥ずかしながらこの歳になって初めて知ったのだが、この虫は、昔から登山者のあいだでは「雪渓虫」(セッケイムシ)の名で親しまれているそうだ。俳句では「雪虫」と呼ばれ春の季語となっている。
 人間サマでさえ寒さにふるえる雪の上を、この小さな黒い虫は、マイペースで歩き回っている。とても目立つ。なにしろ、真っ白な雪の上を黒い虫が動き回っているのだ。もし夏や秋だったら、たちまち他の虫に捕食されるだろう。しかし、ここは冷たい雪の上。他の虫は、死ぬか、地面の下で越冬している。襲われる心配はない。だから体の色も、雪の白さに擬態する必要もないのだろう。
 しかし、雪しかない季節に、何を食べて生きているのだろう? 心配になる。
 ネットで調べてみると、雪の表面の微生物を食べてるらしい。しかし、空から降ってきてつもったばかりの雪に、微生物がたくさんいるとも思えない。羽毛も毛皮もないちっぽけな細身の虫のくせに、体が凍ることもなく、雪の上を飄々と歩くこの虫を見ると、生命の進化のすごさを感じる。
 他の虫たちは、真夏の太陽がギラギラする時期の生存競争に参戦して、他の虫の肉や草花の甘い汁を目指す。でもセッケイカワゲラは、他の虫が姿を消す白銀の世界に自分の活路を開いた。昆虫の特権である空を飛ぶための羽も捨てて、ひたすらはいずりまわり、雪の上のうすく冷たい栄養分をなめる。栄養分の密度は希薄だが、雪の表面積は無限だし、他のライバルもいないから、栄養分は無尽蔵だ。
 セッケイカワゲラは、ベストワンではなく、オンリーワンを目指すという生物進化の生存戦略を選択し、それに成功したのかもしれない。
 つい、人間社会の生き方と、ひきくらべてしまう。
 人間も、草食系男子であれ肉食系女子であれ、おおむね、春や夏の日のあたる場所を目指す。しかし中には、セッケイカワゲラのような生き方にあこがれる者もいる。
 大学の研究者でも、今の世の中にはすぐに役立たないようなマイナーな研究分野を開拓し、希薄な研究資料をマイペースであさり、他の研究者との生存競争を避けて棲み分ける人もいる。逆説的だが、そのような研究者の業績のほうが、セッケイカワゲラと同様、かえって目立つことが少なくない。
 音楽でも、人気のある楽器や、メジャーなジャンルの音楽を好むミュージシャンもいれば、その逆もいる。例えば、コンサーティーナのように、普通の日本人が知らない楽器で、外国のコンサーティーナ奏者が弾かない楽曲を弾く人もいる。
 私は、セッケイカワゲラのような生き方はできないかもしれないが、その生き方には興味をひかれる。
 
 何はともあれ、本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。m(_ _)m