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 高行健、余華、閻連科著、飯塚容著・訳
作家たちの愚かしくも愛すべき中国
 (中央公論新社 2018/6/21刊)
 ISBNコードISBN978-4-12-005093-0
を読んだ。
 文学論や中国論にとどまらず、日本を含む現代の世界に対するさまざまな問題が論じられていて、とても面白い。
 以下、本書よりいくつか抜粋して紹介する。


pp.83-84 (高行健氏の言葉)
 文学作品は、権力が描いた歴史よりも真実に近いものです。政府によって大々的に編纂された歴史は、政権が代わるたびに書き直され、芝居の技のように絶えず顔を変え、それによって権力の合法性を証明してきました。しかし、文学作品は一度発表したら書き直しがききません。つまり、作家は歴史に対して大きな責任を負い、人類のためにより真実に近い精神の歴史を提供するのです。


pp.85-86 (高行健氏の言葉)
 ちょうど陰鬱な中世のイギリスにおいてシェイクスピアの演劇が生まれたように、封建専制下の沈滞した清朝において曹雪芹(そうせっきん)の『紅楼夢』が生まれたように、偶然登場した作家が歴史に光を与えるのです。人を困惑させるこの現代において、私たちはいずれ光をもたらすかもしれない文学に望みを託すしかありません。


pp.124-125 (余華氏の言葉)
 中国社会と日本社会は、本質的に違います。日本では長い間、基本的に何の権力も持たない天皇が、ずっと存在してきました。中国の歴史は、簡単に言うと、血にまみれています。一つの王朝が打倒されて次の王朝が誕生するというサイクルの繰り返しです。このような血にまみれた歴史は、中国以外のどこの国家にも見られません。いまの中国社会は、また引き締めの時期を迎えています。この引き締めの時代は、五年では済まないでしょう。私は一〇年、一五年を覚悟しています。


pp.129-130 (余華氏の言葉)
 現在、中国は韓国に対して、様々な制裁を加え始めました。韓国の作家が中国で本を出すことも困難です。韓国に関する本は出版できないし、韓国のテレビドラマも放送できません。ところが、どうでしょう? 日中関係は「友好と敵対」を繰り返しているのに、両国の経済交流や文化交流は影響を受けません。原因は何だと思いますか? 日本が韓国よりも強大だからです。アメリカとの関係も同じですが、摩擦がいかに大きくても、韓国との関係のようにはなりません。日本の作家の本は出版できるのに、韓国の作家の本は出版できないのです。
 日中関係については、悲観する必要はありません。なぜか? 両国の首脳は、このままの関係が続くことは問題だと気づいているからです。


p.197  (閻連科氏の言葉)
 欧米崇拝が顕著なのは理解できます。二〇世紀以来、文化の中心は欧米でした。しかし、だからと言って、アジアの文化、特に日本、韓国、中国のような文学が発展している国を忘れてはいけません。意識的に交流を進めていくことは、とても大事です。そのような交流は、翻訳にこそ頼らねばなりません。


p.198  (閻連科氏の言葉)
 日本には中国よりも大きな役割を果たしてもらいたいと思います。中国のナショナリズムは、文化と政治を区別することができません。これは中国の特殊な国情、特殊な体制、特殊な政治環境によるものです。日本の国情と体制は違います。日本人の読書水準も、中国とは違います。ですから、私は日本の読者に期待を寄せているのです。不公平かもしれませんが、私はより大きな可能性があるのは日本だと思っています。